先月末にはklipp avによるレクチャー、今回はChucKのワークショップ(いずれもTOPLAPのメンバー)と、図らずも二ヶ月連続でライブ・コーディングにじっくりと接する機会がありました。
ライブ・コーディングは、いわゆるラップトップ・ミュージックの表現方法の一つだと思いますが、率直な感想として「コードがわからない観客にとっては結局何もわからないんじゃないの?」と思いました。
パフォーマンスの場では、プロジェクターなどでそれぞれのパフォーマーのコードが見られるようになっていることが多いのですが、それは、コードを読めない人にとってはさっぱり理解できないものだと思います。例えば、フランス語を読めない観客が、どんなにすばらしいフランス語のテキストがあったとしても理解できないのと同じです。
逆に、そうしたコードを理解できる観客であれば、コードを見ながら自分の頭の中でモデルを組み立てていくことができるでしょう。これは、一般人にはさっぱり理解できない複雑な数式の羅列でも、数学者の頭の中では瞬時に非常に明確なモデルが構成されるのと同じです(自分は数学は苦手ですので単に話として聞いただけですが)。
だとすると、SC3のJITやChucKなどの少なくとも一般人にとってはなじみのない言語を用いてライブ・コーディングをしても、あまり意味がないのではないのかなというのが現時点での自分の見解です。もちろん、ライブ・コーディングのようなダイナミックに構成を変えていくシステムを構築するというのは、ソフトウェア技術の追求という意味では非常に興味深いものだと思いますし、そうした表現方法を追及している人たちの活動を否定するつもりは全くありません。
などと、ずいぶん否定的な感想を現時点では持っていますが、ここで一月になっていることがあります。ライブ・コーディングで使用する言語が、いわゆるコンピュータ言語ではなく、自然言語に近いものだったらどうなのでしょう?自然言語とまでは行かないまでも、たとえば「なでしこ」の様な自然言語に近い言語だったらどうなのでしょうか?あるいは、文字による言語ではなく、他の媒体による言語でもいいかもしれません。
もしかしたら、これは結構面白いテーマになるんじゃないかなと思いました。
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投稿情報: TerriQuinn20 | 2011.06.08 15:04