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2005.05.06

脳はなぜ「心」を作ったのか

脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説

「脳はなぜ『心』を作ったのか」は、ロボット研究者である前野隆司氏による「心」に関する新しい仮説です。以前から、「心」の正体が何であるかに関しては、一元論的な立場、二元論的な立場から様々な議論がなされてきましたが、決定的な説明をできる仮説はまだありません。いずれも、「心は非常に複雑なものである」という前提で考えられていますし、世間一般でもそのように考えられる場合が多いと思います。それに対して、前野氏の「受動意識仮説」は、非常にシンプルなモデルで「心とは何であるか?」を説明しています。

著者自身が解説しているBBSでも議論が盛り上がっているようなのですが、確かに大胆な仮説だと思います。この本の中でも、ちょっと強引に展開されている部分があるとは感じますが、興味深い仮設だと思います。ずいぶん前に読み終わっていたのですが、読書メモを残しておくのを忘れていましたので、いまさらながら残しておきます。

なお、受動意識仮説の内容についてコンパクトにまとまったものを読みたいという場合には、前野氏のウェブサイトで公開されている論文「ロボットの心の作り方―受動意識仮説に基づく基本概念の提案―」を読むとよいと思います。

プロローグで、著者は次のように述べる。

私がこの本で述べる心の考え方には、これまでの哲学者や認知科学者たちのものとは決定的に違う点がある。従来の心の考え方は、心はだいたいこんなものだが、核心のところはまだわからない、とか、複雑すぎてすぐには作れない、というような煮え切らないものだった。本当にはわかっていなかったのだ。これに対し、私の考え方によれば、心が実に単純なメカニズムでできていて、作ることすら簡単であるということを、誰にもわかる形で明示できる。これまで心の謎だといわれていた事柄にも答えられる。だから、近い将来、心を持ったロボットを簡単に作れるようになるだろう。

最後の、「近い将来、心を持ったロボットを簡単に作れるようになるだろう。」という言葉は、少なからずロボットに興味を持つ自分にはかなりぐっと来る台詞である。前野による仮説を説明するまでの前提として、第一章では従来の「心」に関する研究のおおまかなサマリーが提示される。

従来、心に関しては一元論的な考え方(意識は脳にある)と二元論的な考え方(意識は脳とは別のところにある)があったが、いずれも「心は非常に複雑なものである」という前提に立っていた。特に、「知」「情」「意」「記憶と学習」「意識」というように心の働きを分けたときの「意識」に関しては、「心」の中核となる働きであり、現在のコンピュータでは扱うことのできないものであるとされてきたという説明がなされる。

その後で、第二章では「心のコペルニクス的転回」であるとして提示される仮説は、コペルニクスが提示した地動説がそうであったように、非常にシンプルなものである。一般に主体的なものであると考えられてきた「知」「情」「意」がすべて受動的なものであることを示した後に、「意識」も脳の中の小人たち(=ニューラルネットワーク)に従う受動的なものでしかなく、それを主体的なものであると錯覚しているに過ぎないという説明がなされる。これは、著者が「心の地動説」と呼称するもので、その名の通り、心が主体的なものである(=世界の中心である)としてきた従来の考え方(=地動説)からコペルニクス的転回を果たすものである。

この後の第三章と第四章は、提示した仮説をきちんと説明するために必要な知識や論拠を詳しく説明するものであり、第五章はニューラルネットワーク、フィードフォワード、順モデルといった内容に関する詳細な説明である。第二章で提示した大胆な仮説を検証していく第三章と第四章では、動物やロボットに心があるのか(作れるのか)?という問題も含めて、大風呂敷を広げている。

その中には、かなり強引な部分もないわけではないが、刺激的な内容が連続していておもしろい。また、意識が受動的で錯覚でしかないとすれば個性や創造性はどうなってしまうのか?という問題に対してもそれなりの解答を提示している。受動意識仮説でとらえることで、何千年もの間、人間が大切なものとして考えてきた「意識」や「私」が無価値なものになってしまうわけではないということは、第五章の最後でも説明される。

心はもはや謎ではない。わかってしまうということは、少しさびしいことであるような気もするが、愛とか、真善美といった深遠な心の産物も含めて、心が生み出したものの原理はすべて理解可能だ。ただし、理解可能と予測可能は違う。心は複雑系であり、心が生み出す未来のことは予測できない。このことが、私たちに残された唯一のロマンだといってもいいだろう。だから、私たちの人生は、はかなくもおもしろいのだ。

全体を通してみると、ロボット研究者が提案する仮説として大変わかりやすく、少なからずそういった分野に興味を持っている自分としても、なるほどと思える部分が多い。ニューラルネットワーク、フィードフォワードといったものも、もともと人間などの生物に備わっている仕組みなのであるから、コンピュータやロボットといったものを作り出すことによってそうした仕組みを理解しようとしてきたのも自然な流れであるといえるかもしれない。

著者のウェブサイトでは「今後の展望」として次のように述べている。

ヒトの心の謎はわかった!ロボットの心の作り方もわかった!という主張の次には,実際に意識を持ったロボットを実現する必要があると思います。心を持ったロボットをなんとか実現したいと考えています。

今後、この仮説がどのように検証され、どのような成果が生まれてくるのか注目していきたい。また、きっと、この仮説に触発されたアート作品なども出てくるのではないかと思われるので、そうした方面にも引き続き注目していきたいと思った。

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